取り敢えず、社会人1年目

誰かにとっては平凡で、私にとっては美しい日常が良い。

大人になる、なれない、ならない

お久しぶりの更新です。

 

社会人になってから初めて、こうしてあれこれと言葉を選びながら想いを綴ろうと思っています。

 

そんなこんなで前置きは手短に。

本日は、大人になることについて考えていこうかなと思います。

 

 

最近の私は、仕事を終えて電車に揺られながら家に帰って、YouTubeを観ながらご飯を食べて、眠くなって眠るの繰り返しの日々です。

 

そんな毎日へと変わってしまったのは、仕事に時間を拘束されていて、暇な瞬間が一つもないからだと分かっています。

 

ですが、とても有難いことに仕事の内容はやりがいがあると思っていますし、どの業務も一生懸命になれる“面白さ”があります。

 

だからこそ、電車を待つ時間や、駅から家まで自転車を漕ぐ時間も私は元気です。

行き交う社会人の大人たちは疲れた表情をし、疲れている素振りを見せていますが、そんなのお構いなし。

だって仕事が楽しいんですから。

 

唯一社会人って大変だな〜と感じるのは、朝早く出たとしても平日の電車は大半遅延しているか運転を見合わせていることです。

 

こればかりは溜め息しかでませんが、早く家を出るしか方法はなさそうだということを学びました。

 

 

こんな毎日の繰り返しで大人になっていくんだと、最近感じるのです。
それがほんの少しだけ悲しかったりします。

 

少し高めのヒールを履きたいから大人になりたかった幼少期。

いつだって自由がほしいと思っていた高校生の頃。

 

だけど今、22歳になった私はどうだろう?

本当に大人になっていくことは良いことなのか。

私の中の子供心というやつが、いつだってそんな自分に“大人はそんなに良いものなのか”と語りかけている気がして止まないのです。

 

きっと大人になることは悪いことではない。
だけど、童心を忘れてしまうことはあまり良いことではない気もする。

 

いつの間にか時間に追われていて、物事の本質に目を向けられなくなる。

日常に転がっているような、本当に些細なことに気づけなくなる。

 

それがただ怖いだけなのかもしれない。

「そんな大人にはならない」と、ちょっとした決意表明です。

 

ヨルシカを聴いて夏を愛おしく想うように、

ワンピースを纏っているだけで足取りが軽くなる気がするように、

コンビニのレジ横で肉まんが売られている様子を見て「冬だなぁ」と感じるように、

大好きな人と特に何をする訳でもなくダラダラと過ごす一日を大切にしたいと感じるように。

 

毎日に転がっているほんの些細な出来事全部を愛することができる、そんな大人になるのなら、大人になることは悪くないのだと思える気がするのです。