取り敢えず、社会人1年目

誰かにとっては平凡で、私にとっては美しい日常が良い。

価値観の違いを受け入れるということ

「価値観について書きたい!」とこうして久しぶりに記事を書くことにしました。

本当に突拍子もないですが寄り道程度に聞いてほしいと思います。


価値観って言葉は、気がついた時には既に私自身や周りの友人たちに浸透していたものだったし、なんなら日常的に面倒なことは価値観のせいにしていた時期もあったと思う、、。


だけどこうして4月から社会人になって、選択理論や主体性について学ぶ時間が増えたこともあり、その価値観の解釈が変化した気がする。


まず1つ目、価値観の違いを受け入れるということ。

これは自分が今まで生きてきて出来上がった価値観と、他者の価値観がかなり違うということだ。


これは学ばなくとも何となく理解していたことだったけれど、仕事をしている上では本気で受け入れなければならないということを理解した。(少し)


でも不意に考えるのは「価値観の違い」はそこら中に転がっているし、全く違う環境で育ったひとりの人間の価値観を捻じ曲げる労力はどれ程のものかと想像しただけで嫌気がさすということ。

そんな時間と体力を今はあいにく持ち合わせていないので、大人になる程そういう価値観の違いでの喧嘩は避けたいし、この世で一番無駄なことだと思う。


そして2つ目は、他者に自分の価値観を押し付けてはならないこと。


この価値観の押し付けは、自分でも気が付かない間にしてしまっている可能性が大きい。

何なら当たり前のように「あれ、これ貴方の価値観ですよね?」みたいなことは余裕で起きている。

ただ一つ感じるのは、価値観を押し付けている当の本人は“押し付けていることに本気で気づいていない”ということ。


私だって、自分の価値観の型に他人の考えや行動を当てはめて考えてしまうことはある。ただ、その価値観の違いを良いことに他人の気持ちを考えないのは別次元の話。


そうなってしまうとタダの我儘になってしまうので要注意。

そしてさらに危険なのは、些細なことでも価値観の強要になってしまうことだと思う。その人の立場になって物事を考えるとなった時に一番にすることは、まず受け入れること。


人に自分の考えを話したのにスルーされればモヤモヤしてしまうと思うし、逆に「それは違うよ」とか「いや、でも」なんて言葉で返された時はイラっとする。


前提として、自分と同じ価値観の人は滅多に存在しないという考えをもつようにするだけでも、他者との関係が少し楽になると思う。


どんな人間も完璧な答えをもつ人はいないし、それが完璧だなんて線引きしたりする時間ほど無駄なものはない。


どっちでも良いんだと思う。

それは投げやりじゃなくて、本当に。


その価値観が本当に受け入れられない場合だけ、その人を否定することなくフェードアウトすることが最善なのかもしれない。


価値観が色々だからこそ衝突することも多いけれど、それが楽しかったり面白かったりするもんだから、人生って人間って複雑だなと今日も思う。